2009年8月アーカイブ

    昨日(6日)は、米軍が広島で原爆を初めて一般都市で炸裂させた日。64年前の事です。
   明後日(9日)は、米軍が長崎に2度目の原爆を炸裂させた日。
   いずれも戦争を早く終わらせる為に、必要だったと関係者は言っているが、
果して、そうだったのだろうか?
   これは勝者の理屈ではなかろうか。
   第1次世界大戦では『毒ガス』、第2次世界大戦では『原子爆弾』。
いずれも人類の愚かな行為ではなかろうか。今は『地球温暖化』のような気がする。
  長崎に落された原爆は、当初は小倉の原爆投下目標(現在の大手町と呼ばれている地点)「兵器工場」に落す計画だった。
  小倉にあった兵器工場は、当時東洋最大の兵器工場。戦車、機関銃、単発銃、爆弾などを作っていたと言われる。
  あなた方のおじいさんは、この工場の機関銃の試射をしていた軍人。
  その関係で、Aは兵器工場のすぎ西に位置する田町に住んでいた。
  原爆を積んだB29が飛来したとき、近くの粗末な手作りの防空壕に入っていたと、叔父(医者)から聞いた。
 つまり、小倉の天候が晴れていれば、目標から数百メートルしか離れていないところにいたので、落されていれば、跡形もなかった。つまり、Aは命を救われたのだ。多分、これには意味があるのだろう。
 4年前は心臓、今年は脳。これまで救われてきた命、粗末に使う訳にはいかない。
  これからも社会に役立つ事を続けて行く。その命からつながっている貴方達。
  そこにも意味がある事を忘れないでほしい。
   家族も大切に!そして自身を大切!。貴方達が「盾」になって家族を守る気構えを持ってもらいたい。

   勇気を持って、困難に立ち向えば、苦しいが道はきっと開かれる。

                                                                                  Aの経験から
  
 

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